たかこ整骨院 院長
高子 大樹
たかこ整骨院のホームページをご覧いただきありがとうございます。
院長の高子大樹(たかこ ひろき)です。
私自身は、高校時代から夢見ていた「スポーツトレーナー」を目指してこの業界に入りました。
生まれ育った場所は三浦海岸です。
小学生時代は運動嫌いの肥満児でした。スポーツに興味を持ったのは中学生の時です。テレビで見たプロレスラーに強い憧れを抱きました。そしてプロレスラーになる為には格闘技が強くならなくてはと思い、県内でも当時、関東大会出場の常連校であった横須賀学院柔道部に入部しました。しかし、入った柔道部は、推薦入学の柔道エリートの集まりで、ズブの素人である私は、先輩達に可愛がられて、耳はカリフラワー状態、右ひじの後方脱臼も経験し、大きな挫折を経験しました。
そんな時に「パンクラス」という格闘技の選手達が大幅な肉体改造をして活躍している姿に衝撃を受けました。その時に、
「選手の能力を引き出す職業=トレーナー」
というものに興味をもち、将来の仕事にする事を決めました。
その後、柔道部を引退し、始めた極真空手では、才能は平凡だったもののトレーニング理論を徹底的に研究、実践した所、108人参加のトーナメントで3位入賞する事ができました。
「自分のもっている才能にいち早く気づき実践していけば道は開ける」
というUSPに気づくきっかけになりました。
(USP→ユニーク・セールス・プロポジション=自分自身が持っている強み・長所・利点の事)
高校卒業後、トレーナーを本格的に目指す為、東京・大井町にある「東京健康科学専門学校」に入学しました。そこでは運動理論・栄養学と本当に勉強が楽しく、高校時代は平凡だった成績が卒業時の試験では約200名の生徒の中で3番目にまで上りつめました。
卒業後、今度は整骨院の先生の資格(柔道整復師)をとる為に、仙台の専門学校へ進学しました。
身体の事を学ぶのは本当に楽しく、ここでも卒業時の試験では90名の生徒の中で5番目に入り、卒業式では「宮城県専修学校会長賞」を頂きました。
順調に進んできた夢への道ですが、またしても大きな挫折を経験する事になりました・・・
就職した治療院、そこは当時100人以上の患者さんが通う治療院で職場には常に10人近くのスタッフがいました。
そこで行っていたのは「治した」のではなく、パターン化した手技を施して「たまたま良くなっただけの治療」でした。
沢山のスタッフがいるので、今考えると共通の治療をするには仕方がないのですが、当時の私はまだ若く純粋だったので、仕事中に泣き出し職場を去りました・・・
「もう接骨院の仕事なんて絶対にしない」
と誓って・・・・25歳の秋の出来事でした・・
その後、1年間は持っていた資格を活かしてスポーツクラブのインストラクターとして生計を立てていました。ジム指導だけでなく、ボディパンプなどスタジオレッスンも行っていました。
仕事は楽しかったものの、生活はギリギリいや実際には彼女(後の妻)に食べさせて貰っているような状態でした。
しかし、ここである人との出会いが私の人生を変えました。
その人とは、
「サッカー元日本代表、岩本 輝雄 選手」
です。当時、彼はベガルタ仙台をJ1に昇格させた、仙台におけるナンバー1の「HERO」でした。
そんな彼がたまたま働いていたジムに来て、PNFというテクニックをみせた所、専属トレーナーとしてスカウトしてくれたのです!
彼は本当に「プロの中のプロ」でした。
現役中は、お酒を一切口にせず、身体の感覚が以上に鋭く、トレーニング、治療に関しては、ストイックそのもの、マスコミに出ているイメージとは全然違う人でした。
その中で私がどれだけ力になれたかは、わかりませんが、最後の試合となった2006年のFIFAクラブワールドカップに出場する時もニュージーランドに同行するなどさせて貰った事を考えるとトレーナーとしての信用は得られていたのかとは思います。
今でも尊敬する友人として付き合いがありますが、本当に私の恩人です。
そして「岩本輝雄のトレーナー」として整骨院を経営させて貰っている以上、常に「岩本さんに恥をかかせてはいけない、さすが岩本が選んだトレーナーだ」と思われるよう精進しています。
そしてもう一人恩人がいます。
仙台市宮城野区で「ふじい接骨院」を経営している藤井裕文先生です。
治療家を諦めていた自分に、
「治療は楽しいもの、素晴らしいもの」
と教えてくれたのは藤井先生でした。
出会いは、勤務していたスポーツクラブの会員さんから噂を聞いて勝手に上がりこんだのが始まりです。時間がある時は通い続け1日中見学して技術、人間性に惚れ込み、働く許可を得るのに費やした時間は丸2カ月を要しました。
そこで言い渡された給料は研修費として時給なんと500円でした。正式な給料を貰うまでは貯金を切り崩しながらの生活でしたが、必死で勉強していたので何故か楽しかったです。
藤井先生は、
「患者さんが良くなる為なら何をやっても良い。だからとにかく勉強して沢山考えなさい。ダメな時は、私が責任をとるから」
という人でした。
優しすぎる先生でしたが、治療家としてブレない心に物凄く影響を受けました。
私自身の治療信念も藤井先生の考えを受け継いだものです。
「気功、オステオパシー、カイロプラクティック、レイキ、AKA、PNF、ストレッチ、神経筋連鎖法、動体療法etc・・治療手段はどうであれ、患者さんが良くなる為なら変なこだわりは捨てベストを尽くす」
二人の恩人や周りの支えもあり、2007年4月に「たかこ整骨院」を開院しました。
トレーナー経験で得た技術と自信、1万枚巻いたチラシ、完璧なスタートダッシュの予定でしたが実際、開院初日、来院した患者さんはわずか「一人」だけでした・・・
すごい不安になったのを覚えています。
今では、皆様の口コミなどのおかげで毎日、忙しくさせて頂くようになり、東京からも治療の為だけに来院して頂く方も出てきましたが、常に忘れていないのは「感謝の気持ち」です。
また当院では、サッカー元日本代表「岩本輝雄」をはじめ、北海道日本ハムファイターズ「矢貫俊之」、元全日本キック連盟ウエルター級10位「亜紀斗」などプロスポーツ選手をサポートしています。
私自身、トレーナーとしての夢は叶えてきました。
次の夢は自分自身のサポートでプロアスリートを育成する事です。
プロを目指している人がいたらご相談下さい。全力であなたの夢をサポートします。
当院は
「サービスナンバー1の治療院」を目指しています。
その為に、最良の治療を提供をし、患者さんが安心できる環境つくりを心がけていますので、ホームページを見て、「なにかを感じて頂いた方」は是非一度ご相談下さい。
<資格・免許>
- 柔道整復師免許 登録39207号
- JATACKアスレチックトレーナー
- スポーツケアトレーナー
- パーソナルケアトレーナー
- 健康運動実践指導者
- 運動療法士
- ビジネス能力検定2級
- ホームヘルパー3級
- 普通自動者免許
- 柔道弐段
- カラダ調律師
- 食アドバイザー
- WATPOタイ古式マッサージ修了
- レイキ サードディグリー
<トレーナー経歴>
- 2002~2006年(引退まで)
岩本輝雄専属トレーナー(サッカー元日本代表) - 2006年12月
FIFAクラブワールドカップ オセアニア代表オークランドシティFCトレーナー - 2004年~2006年
仙台工業高校ラグビー部トレーナー - 2007年~現在
亜紀斗(元・全日本キックボクシング連盟ウエルター級10位) - 2009年10月
第13回サンボ フレッシュマンズカップ 大会トレーナー - 2010年2月
第1回サンボ トライアルリーグ 大会トレーナー




















